【尼崎】大阪でも神戸でもない街を、半日歩く
初めて降り立った尼崎は、どちらの大都市の色にも染まりきらない。競艇場の熱気、閉じたシャッターの商店街、立ち飲みとたこ焼き——柄の悪さではなく、暮らしの厚みが街に残っている。

尼崎に来たのは、はっきりした用事があったわけではない。地図の上では大阪と神戸のあいだに挟まれた街で、どちらかの延長線上にあるはずなのに、足を踏み入れると別の空気があった。
大阪でも神戸でもない。それでも確かに自分の匂いを持っている——そんな感覚で、半日を歩くことにした。ルートは競艇場から始まり、旧商店街を抜け、腹ごなしの店で終わる。観光ガイドに載る順番ではない。
トリップで大切にしているのは、名所を回収することではない。歩いているうちに街が見せる、ちょっとした違和感や温度を、そのまま持ち帰ることだ。
尼崎競艇場へ
駅を降りた瞬間から、競艇の匂いがする。
尼崎駅を出ると、もう競艇場に来た、という空気がプンプンしていた。初めて競艇を見に行った。賭けはしなかった。あの独特の熱気を、一度吸いにいっただけだ。
レースが始まると、スタンドの温度が少し上がる。低い声の応援、水しぶき、歓声、どこかの舌打ち——見物客の年齢層は偏っているのに、場の一体感は意外とあたたかい。
その流れのまま、場内でやっていたライブにも足を止めた。隣にいたおっちゃんが「キャバクラのねえちゃんのほうがうまいわ」と捨て台詞を残して立ち去っていった。笑えないけど、これが尼崎だと思った。


旧商店街の昼下がり
ライブを出て、街へ戻った。旧商店街に入ると、シャッターが並んでいた。蛍光灯だけが光っている店先、「鮮魚 藤田商店」の看板、一台の自転車。
にぎわいの記憶は薄れているのに、生きてきた時間の気配だけがまだ漂っている。上品でもない、派手でもない。でも歩くたびに、写真を撮りたくなる理由が「きれいだから」ではなく「いま、ここにいるから」に変わっていく。
大阪の喧騒でも、神戸の洗練でもない。そのどちらでもない場所に、人の暮らしがちゃんとあって、不思議と心地よかった。


得一と三笠屋
歩き疲れたころ、立ち飲み屋「得一」へ。扉を開けると、常連と思しき客が思い思いに飲んでいる。自分で取りに行くスタイルで、会話が自然と生まれる店だった。
ひとつだけ気づいたことがある。雰囲気の強い客には、スタッフが運んでいた。人を見てコミュニケーションの取り方を変えている——その機転が、街の深さそのものだと思った。
腹ごなしに立ち寄ったのが、たこ焼き屋「三笠屋」。十二個三百六十円という値段に驚きつつ、おじいちゃんの手さばきを見ていた。ビールを勧めたら「ありがとう、でも営業中やから」と笑顔で返ってきた。長生きしてください、と心から思った。
柄が悪いわけじゃない。上品でもない。それでも尼崎は、とてもよく歩ける街だった。またいつか来てみたい——そう思いながら、駅へ向かった。


PROFILE
Takashi Nishimura(西村 崇)
フォトグラファー|SAMPLING MAG
note「フォトウォーク」連載。用の合間に立ち寄った街を、半日単位で歩きながら記録している。京都、奈良、大阪、東京——観光の効率より、足の向くままの街歩きを大切にしている。